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魔法の薬、赤チン。

半ズボンから見える両膝には、
赤く銀光りする子供の勲章。

その勲章は時には顔にまで及び、
誇らしくもあり、恥ずかしくもある、
昭和の時代はそんな子供達で溢れていました。


その赤の正体はもちろん赤チンです。


当時、赤チンといえば魔法の薬
子供が傷をつくって帰ってきても、
「赤チンぬっとけ」
の一言で終わりでした。


何ともいい加減なようでしたが、
不思議と2、3日もすれば傷は癒え、
昭和の赤チン信者は増殖したものです。


赤チンによる治療は、
沁み入る痛さも鈍かった為、
わりと平気でした。


そんな赤チンが子供達の味方の薬だとすれば、
赤チンと兄弟であったヨーチンや、
同じく義兄弟であったオキシドールは、
一癖も二癖もあるやっかいな連中だったのです。


赤チンヨーチンオキシドール
これらの昭和の子供三種の傷薬は、
傷の大小や症状によって役割が分担されており、
自分の傷がどの薬で治療されるかの選択権は、
子供には与えられていませんでした。

それ故に、
赤チン以外の容器を摘む大人の手が、
何よりも恐ろしく思えて、
傷の痛みも忘れてしまう程でした。


そしてDOKI-DOKIする自分との戦い…。


覚えていらっしゃいますか?

傷口に垂らしたオキシドールから、
ジュワジュワと発生する、
あの白い泡の恐怖を…。


ひぃ、ひぃ、ひょえ~っ!
…グッ、グ、グ、グヒィ~!
と、心の中で悲鳴をあげながら、
のたうち回った痛みが思い出されます。

あの白い泡の動く様は、
「消毒してやってんだぞ!」
というオキシドールの動的主張であり、
男を意識し始めた少年としては、
我慢を見せつけなければなりませんでした。


しかし、
そんな少年の心を容易に砕く薬といえば、
暗紫色の液体、ヨーチンに他なりません。

ヨーチンはめっちゃくちゃ沁みました。


『ぎょっ、え~~~~~!』

と断末魔の声が家や保健室から聞こえたのも、
無理からぬことでした。


傷口と共に心にも沁みた、昭和の薬たち。
あの懐かしい魔法の薬でさえ、
今では見かけなくなりましたね。

何でも水銀の関係から、
もう作られていないのだとか…。


子供の生傷は随分と減りましたが、
心の傷がその分増えているように感じます。


心の赤チン。


処方できる大人でありたいと、
赤チン世代は思うのです。



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[ 2008/09/05 02:07 ] 昭和の風景 | TB(0) | CM(38)
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プロフィール

こやけゆうや

Author:こやけゆうや
1957年生。射手座。
拙い昭和の伝道師です。
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