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昭和日常博物館(その6)

子供の頃…。
今日のような寒い日でも半ズボンハイソックスでした。

男の子も女の子も、
そしてお母さんまでもが履いていた、
ちょっとしたハイソな感じ漂うハイソックス


い出せば…、
「男はつらいよ」のさくらさん。
ひみつのアッコちゃん。
アグネス・チャンさん。

みんな白いハイソックスでしたね。


昭和のある時期、
一般的なファッションとして、
ハイソックスは確立されました。

学級写真の中で、
ハイソックスの片方だけずり下がった男の子、
いませんでしたか?(笑)



い出の「衣」
今回の企画展はそんな催しでした。

表玄関 展示正面 展示入口



今回の企画展タイトルは
「お洋服‐あ・れ・コ・レ」

6回ポスター



昭和30年代の洋服や裁縫用具を集めた展示品の数々。
時代をリードした流行の変遷の中に潜む自分発見の旅です。

ミシンアップ ミシン展示



年表50
50年代ファッションと言えば、

ラジオドラマ放送時には、
銭湯の女湯ががらがらになった、
とのエピソードで知られる『君の名は』真知子巻き

年表A 


岸恵子さんで映画化された時、
ショールを首から頭に巻いていたスタイルでした。

年表真知子巻


57年生まれの私には記憶にあるものではありませんが、
いわゆる昼メロの元祖だったのでしょう。


ちなみに私の母親がハマっていたのは『愛染かつら』
花も~嵐も~
    踏み越えて~

と、訳もわからず主題歌の「旅の夜風」を歌ってました。

年表B


そして、
第34回芥川賞受賞作「太陽の季節」から生まれた太陽族

著者の石原慎太郎氏のヘアスタイルが「慎太郎刈り」と呼ばれ、
映画化された登場人物たちのファッションが流行となり、
これらを総称するかたちで太陽族と呼ばれたようです。

年表太陽族


概ね、
アロハシャツマンボズボン
サングラスツートンカラーの靴などのアイテムでキメ、
頭髪は前髪を垂らしたようなスポーツ刈り(慎太郎刈り)。
であったとか。何やら自由の息吹を感じます。


この他に「ロカビリーファッション」と呼ばれる、
リーゼント系のスタイルも流行ったようですが、
やはりここではオードリー・ペップバーン

年表オードリー


い出してもらえましたか?

『ローマの休日』での長いフレアースカートに、
ヘップバーンカットと呼ばれた短い髪。

『麗しのサブリナ』で彼女が穿いた七部丈のパンツは、
その名もサブリナパンツと憧れをもって受け入れられ、
爆発的に流行したスタイルでした。

年表裁断技術




年表60
60年代に突入しますと、
ついにアイビールックの登場です。

年表C


そうです、
言わずと知れたVANが時代を作りました。

VANはファッションのみならず、
アメリカのライフスタイルをも巻き込んで、
若者文化をリードしたファッションエポックでした。


『卒業』のダスティン・ホフマン…。
思い出しちゃいますね。(涙)
エレ~ン!エレ~ン!

この他にも、
銀座、みゆき通りを起点としたみゆき族
長髪に無精ひげ、手作りアクセサリーのヒッピー
ヒッピーの流れを汲む幻想的なサイケデリック
ビートルズの来日を期に火がついたGSファッション

ミニタリー調のスパイダーズ、懐かしい~。(泣)

年表ビートルズ


と、ファッションも幅広くなった60年代ですが、
私とてやる気満々の日本男子。
ミニスカートの流行を見逃す訳にはまいりません。(笑)

年表ミニスカ


そこで登場するのが、
67年秋に来日したスーパーモデルのツィッギーさま。
彼女の膝上30㎝のミニスカートは、まさに黒船でした。

この黒船による影響はすさまじく、
当時、街ゆく女性の9割はミニスカートだったとか。
何故か伸びゆく昭和を感じます。

年表外着



年表70
70年代は、やはりジーンズの定着でしょう。

ストレート、ベルボトム等々流行は移り替わりましたが、
元来はアメリカの作業着的な要素を持つズボンです。
機能性とファッション性がマッチした点で、
革命的な衣料と言えるのでしょう。

年表D



で、皆さま。
「ジーンズ」or「Gパン」
どのように呼ばれていますか?

私?
もちろん「Gパン」です。
そろそろ年代物の域にさしかかっているような…。


雑誌E 雑誌UP1 雑誌B

雑誌D 雑誌C 雑誌A

雑誌4 雑誌3 雑誌1



さて、皆さま。
ここで重大なお知らせがございます。


学生服 雑誌F アイロン


私がこの企画展を見に行ったのは昨年でした。


…のろまなカメ、ならぬ子ブタちゃんの私です。
そう、もうお解かりですね。


年表前半 年表後半




この企画展はもう終了してます。

       ・
       ・
       ・

この企画展はもう終了してます!!
(H20年11月1日~H21年1月22日まで…)


あ~にぃ~!
     っちまったなあ!


す、すまんこってす。(汗)


お詫びと言っては何ですが…
素敵な昭和日常博物館の過去記事はこちら…

昭和日常博物館(その5)
昭和日常博物館(その4)
昭和日常博物館(その3)
昭和日常博物館(その2)
昭和日常博物館



shikatu1
昭和日常博物館←詳しくはこちらをクリックして下さい。








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[ 2009/01/26 23:03 ] 昭和を感じる場所 | TB(0) | CM(28)

ゆうやの誓いPARTⅡ

あけましておめでとうございます。

まさか新年のご挨拶にて、
ようやくスポンサーサイトを消すことになろうとは…。
己の不精さに驚きを禁じえません。(笑)


「こんな筈では?」
と、公私に渡って自問自答を繰り返した昨年。
様々な出来事や未来に引っかかりを感じ、
全てに対して満足な対応が出来ずに悶々とした年でした。

いと行動が一致して来ないのは、
果たして年齢によるものなのか、
それとも資質の問題なのか。

納得する答えは出ませんでしたが、
気力の衰退が要因だと感じました。



数えてみれば、
昨年の更新はたったの19回です。
特に9月5日以降は更新せずに終年。あ~情け無い。(涙)

「ゆうや2008年の誓い」
あれは嘘っぱちでした!(キッパリ)
すみません。(大汗)


で、舌の根が乾かないうちに
「ゆうや2009年の誓い」を発表します。(笑)

年間最低更新回数24回(ちっせい!)
スポンサー広告に乗っ取られない(更にちっせい!)
無理をしない(昨年と同じか?)


こんな粗雑なところを覗いてくれる慈悲深い皆さま。
本当に心から感謝しております。

どうぞ皆さまにとって、
今年が幸多き年でありますように…。


よしっ!24分の1、クリア。(ケケケ、楽勝か?)



[ 2009/01/01 02:16 ] 未分類 | TB(0) | CM(34)

魔法の薬、赤チン。

半ズボンから見える両膝には、
赤く銀光りする子供の勲章。

その勲章は時には顔にまで及び、
誇らしくもあり、恥ずかしくもある、
昭和の時代はそんな子供達で溢れていました。


その赤の正体はもちろん赤チンです。


当時、赤チンといえば魔法の薬
子供が傷をつくって帰ってきても、
「赤チンぬっとけ」
の一言で終わりでした。


何ともいい加減なようでしたが、
不思議と2、3日もすれば傷は癒え、
昭和の赤チン信者は増殖したものです。


赤チンによる治療は、
沁み入る痛さも鈍かった為、
わりと平気でした。


そんな赤チンが子供達の味方の薬だとすれば、
赤チンと兄弟であったヨーチンや、
同じく義兄弟であったオキシドールは、
一癖も二癖もあるやっかいな連中だったのです。


赤チンヨーチンオキシドール
これらの昭和の子供三種の傷薬は、
傷の大小や症状によって役割が分担されており、
自分の傷がどの薬で治療されるかの選択権は、
子供には与えられていませんでした。

それ故に、
赤チン以外の容器を摘む大人の手が、
何よりも恐ろしく思えて、
傷の痛みも忘れてしまう程でした。


そしてDOKI-DOKIする自分との戦い…。


覚えていらっしゃいますか?

傷口に垂らしたオキシドールから、
ジュワジュワと発生する、
あの白い泡の恐怖を…。


ひぃ、ひぃ、ひょえ~っ!
…グッ、グ、グ、グヒィ~!
と、心の中で悲鳴をあげながら、
のたうち回った痛みが思い出されます。

あの白い泡の動く様は、
「消毒してやってんだぞ!」
というオキシドールの動的主張であり、
男を意識し始めた少年としては、
我慢を見せつけなければなりませんでした。


しかし、
そんな少年の心を容易に砕く薬といえば、
暗紫色の液体、ヨーチンに他なりません。

ヨーチンはめっちゃくちゃ沁みました。


『ぎょっ、え~~~~~!』

と断末魔の声が家や保健室から聞こえたのも、
無理からぬことでした。


傷口と共に心にも沁みた、昭和の薬たち。
あの懐かしい魔法の薬でさえ、
今では見かけなくなりましたね。

何でも水銀の関係から、
もう作られていないのだとか…。


子供の生傷は随分と減りましたが、
心の傷がその分増えているように感じます。


心の赤チン。


処方できる大人でありたいと、
赤チン世代は思うのです。



[ 2008/09/05 02:07 ] 昭和の風景 | TB(0) | CM(38)
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プロフィール

こやけゆうや

Author:こやけゆうや
1957年生。射手座。
拙い昭和の伝道師です。
ご訪問感謝いたします。
コメントいただけると
嬉しいです。


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